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奈良地方裁判所 昭和23年(行)3号 判決

原告 中宮寺

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

二、請求の趣旨

被告は原告に対し別紙目録第一号記載の奈良縣生駒郡斑鳩町大字法隆寺二千五百四十九番地田四畝十一歩外畦畔十九歩外九筆の買收対價を合計金一万千九百七十四円四十八銭に、同目録第二号記載の同所三百六十六番地の三、田五畝六歩内畦畔八歩外六十筆の買收対價を合計金十二万七千百三十八円四十銭にそれぞれ増額する。

訴訟費用は被告の負担とする。

三、事  実

原告訴訟代理人は其の請求の原因として訴外斑鳩町法隆寺地区農地委員会が買收時期を昭和二十二年十月二日とし(イ)原告所有の別紙目録第一号記載田畑十筆反別合計二反五畝十六歩(内田二反一畝一歩、畑四畝一歩)の対價合計金千九百七十四円四十八銭、(ロ)同目録第二号記載田六十一筆反別合計三町三反九畝三十一歩の対價合計金三万七千百三十八円四十銭と定めて各買收計画を樹て(イ)につき同年五月三十日(ロ)につき同年七月十八日訴外奈良縣農地委員会の承認を経て同年十月二日附を以て訴外奈良縣知事が各買收令書を発行し昭和二十三年三月中に原告が其の交付を受けた。右二口の買收対價は自作農創設特別措置法(以下自農法と略称する)第六條第三項本文に基いて田各筆につき土地台帳法に定める各賃貸價格の四十倍畑各筆につき同賃貸價格の四十八倍を以て算定したやうであるけれども前記買收時期における本件田畑の時價が右対價額より遙かに高價であることは顕著である。農地買收の法律上の性質は公用徴收であるから新旧いづれの憲法によるも正当補償を必要とし土地收用法におけると同様正当補償は買收せられる農地の客観的経済價値の給付であり時價でなければならない。自農法第六條第三項は買收対價取極につき行政機関である市町村農地委員会に対する職務上の訓示規定であつて対價を法定するものではない。同項本文に対價の一般的標準を定め同項但書を以て市町村農地委員会の擅恣を禁し且具体的に適正な補償額を定めることを命する趣旨である。同項本文に定める当該農地の賃貸價格の倍率額を以て買收農地の法定の対價というは法語の濫用であつて文理解釈よりするも立法の沿革よりするも是認し得ない。又同項但書に所謂特別事情とは当該農地の有する具体的客観的價値であつて行政機関の主観的價値判断によつて左右さるべきものでない。要するに自農法第六條第三項本文は買收される農地の対價即ち時價が通常其の所定倍率額を超えないものと推定して全国一般の標準價格を定め市町村農地委員会をして便宜上右標準額によらしめ当該買收農地の時價が右倍率額を超えるときは同項但書により都道府縣農地委員会の認可を條件として当該時價を設定すべきことを指示する趣旨である。從つて当該農地の時價が右標準價格を超える一切の事情即ち標準額の範囲内において市町村農地委員会が推定の自由を許される普通事情と異るあらゆる事情を其の所謂特別の事情として取扱ひ唯だ対價決定手続の愼重を期する爲都道府縣知事の認可を必要としたのである。從つて特別事情とは土地改良等人爲的工作を加えた場合に限らず当該農地の地味、状況、地理的位置、商業地帶的環境、用途変更される可能性、土地需要の高昇、隣接土地と比較しての優位性等具体的事情に限らずインフレーシヨンの昂進に伴う土地代金の昂騰、農業收益の激増、其の他経済上社会上当該農地の時價が同項本文所定の倍率額以上である事情を一切包括指称するものというべきである。しかるときは本件各農地の前示買收時期における時價は前記各特別事情を綜合するときはいづれも反当金三万円以上であることは顕著であるから政府は原告に対し右割合に依る対價を補償する義務を負うこと明かである。依つて本訴において被告に対し右対價額の内差当り前示(イ)農地につき買收計画に定めた右対價額に金一万円(ロ)農地の同價格に金九万円の増額を求める。尚(一)本件(イ)(ロ)農地各筆の実測面積が公簿面の地積より各一割の余剩あることが公知の事実である。当該田畑の賃貸價格は地積より割出されて居るから増歩の地積につき此の部分の賃貸價格欠如することになる故増歩面積に対する対價として反当三万円の対價の増額を請求し得る。(二)又本件農地各筆は相当面積の内外畦畔を包有して居るところ田畑各筆の賃貸價格は畦畔を除外して居るから此の部分の対價を欠く故に本件農地の対價は右(イ)(ロ)農地の内外畦畔三百坪につき坪当金百円の対價を増額さるべきである。(三)買收農地の対價が農地証券を以て支拂ひ得ることは自農法第四十三條の規定するところ(イ)本件(イ)(ロ)各農地につき農地証券を以て支拂はれる部分は証券の時價を参酌し其の額面額を増加さるべきである本件買收時期における農地証券の時價は額面百円につき時價五十円の半額であるから農地証券で支拂はれる部分につき交付價格を倍額に増額さるべきである。(ロ)対價の支拂は現金拂を本則とするところ本件農地買收令書に数筆の対價を合算し千円以下の端金を現金拂とし其の他を農地証券拂としたのは本末を顛倒する違法あるから仮りに本訴増額の請求がすべて理由ないとしても本件各農地の買收令書中農地証券拂の部分を現金拂に更正さるべきであると陳述、被告の答弁に対し(一)被告は農地の対價として原告の主張する時價が農地調整法第六條の二に依る統制價格を超えて存在し得ないというのは誤りである。沿革的には大正十五年農林省令第十号自作農創設維持補助規則第六條第三号に自作土地購入價格として標準價格及当該土地の普通價格なる用語が用ひられ更に昭和十三年農林省令第三十二号農地調整法施行規則第六條第一項第四号に自作地の創設を受ける者が購入しようとする土地の購入價格は附録に定める算式に依る標準價格及当該地方の普通價格を超えないものと規定し右標準價格として賃貸價格の四十倍、四十八倍の價格の外に当該地方の普通價格即取引價格換言すれば時價が認められ改正農地調整法が右普通價格の用語を廃したけれども同法第六條の二は右標準價格の外に時價を否定して居ない。自農法第六條第三項が右標準價格をそのまま採用したのであるから当該地方の普通價格を排除するものでない。同項但書により特別價格を設定し当該地方の普通價格即ち時價を定め得るのである。元來統制價格なるものは経済的需給関係により物の價格形成されるとき国家の行政権により其の昂騰を抑圧する爲に人爲的に創設する價格であるから取締價格あることは必然的に経済取引價格即ち眞價の存在を予定するから統制價格存在する理由で時價を否定することは本末を顛倒した論である。農地の自由契約による賣買ならば統制價格に拘束されるけれども私有財産制度を保障される法制下ににおいては所有者の意思を度外視して公用徴收により強制收用される場合所有者の受ける損失は完全に補填されねばならない。新旧憲法に所謂正当な補償は不法行爲による損害賠償の範囲と差異なく財産を喪失することにより蒙る金銭的給付であり滅損された財産そのものゝ取引價格に精神上受ける損害即ち慰藉料を加算したものでなければならない。これは古く地券賣渡制度、公用土地買上規則実施以來認められて來た原則である。今次農地開放が敗戰の結果降服條件の一として国家に課せられた任務であり小作制度を廃絶して農村民主化を実現するに在ることに異論はなないか農地開放を実施するにつき地主を戰犯者視し其の保有する財産を官沒する結果を生せしめることは私有財産制度を肯定し公用徴收に対し正当補償を保障する新憲法の精神に背馳するものである。今次農地制度改革の跡を見るのに其の顕著な行過ぎは保有面積の極端な縮少と対價の不合理な低廉に在る。自農法第六條第三項の倍率額に依る対價は政府が一方的に一定時期の米價を基礎としたこと、個々の農地の買收時期の價格変動を考慮しない難点を包藏して居るので一應の基準たり得るとしても具体的且実質的に正当補償額と合致しない。自農法第六條第三項但書の特別事情を当該農地の具有する具体的事情に局限しないで其の農地の時價の高低を標準とし同項本文の倍率額以下であるときの普通事情と異れる價格事情と解することにより解釈上正当補償額を決定し得る限りこれに依り時價を正当補償として給付さるべきである。(二)被告は自農法第六條第三項但書による奈良縣知事の認可を受けて居ないから原告は特別價格を増額請求し得ないと主張するけれども右特別事情とは当該農地の時價の数額により決定される客観的事情であつて行政廳の主観的採量を容れる余地ないものであるから所謂行政廳のき束的裁量行爲に属するから都道府縣知事の裁量に拘束さるべきでないと附演した。(立証省略)

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め答弁として原告主張の各農地につき其の主張の対價を定めて其の各主張の日時訴外斑鳩町法隆寺地区農地委員会が買收計画を樹て訴外奈良縣農地委員会の承認を経て訴外奈良縣知事が各買收令書を発行し原告に交付したこと及本件農地が相当面積の畦畔を包有し居ること数筆の対價を合算し千円以下の端金を現金拂として其の余を農地証券交付拂と買收令書に定めたことは認めるも其の余の原告主張事実を爭う。本件農地の対價はいづれも自農法第六條第三項に基き土地台帳法による本件田畑各筆の賃貸價格に田にあつては四十、畑にあつては四十八の各倍率を乘じた額を計上したのであつて本件農地につき訴外斑鳩町法隆寺地区農地委員会が右対價を定めるにつき奈良縣知事が特別事情による價格を認可して居ないから右買收対價は正当である。自農法第六條第三項は強行規定であり同項但書により特別の事情による例外價格を設定すると否とは都道府縣知事の自由裁量権限に委ねられて居るところ本件各農地には特別價格を設定せねばならない事情が存しない。原告主張の社会経済的事情は同項但書の特別事情に該当しない。農地については農地調整法第六條の二、昭和二十一年一月農林省告示第十四号に依る統制價格が定められて居りこれを超える時價なるものは存在を許されない。自農法第六條第三項但書の特別事情による價格は農地調整法第六條の二第一項但書が眞に己むを得ない事情がなければ都道府縣知事が取引上の例外價格を許可し得ない趣旨と同様当該農地につき具有する己むを得ない例外的事情が伴はなければならない。自農法施行令第九條に前同項但書の規定に依り農地の対價を定めるには当該農地の近傍類似の時價を超えないようにしなければならないと規定し時價という観念を認めて居るけれども右時價とは取引價格が統制價格以上であれば統制價格、取引價格が統制價格以下であれば其の取引價格を指称するのであつて原告主張のように取引價格を自農法第六條第三項但書に依り補償すべき趣旨でない。同項本文の定める倍率額は当該買收農地の対價を法定した趣旨であり自農法がポツダム宣言に基く国民の義務履行として制定された立法であるから新憲法の基礎的法規として憲法と並び其の効力を有するから右倍率額が憲法第二十九條第三項に定める正当補償額に合致しないとしても尚其の適用を受くべきである。又(一)仮りに原告主張のような増歩が本件各農地に見られるとしても自農法第十條但書に定める土地台帳に登録した地積によることが著しく不相当と認める場合に該当しない。(二)苟も農地であつて畦畔の包有しない田畑を想像し得られないのであつて田畑は耕地と畦畔とが主從一体となつて形成されて居り田畑の賃貸價格には畦畔が常に包含されて居る。主たる耕地の処分に当然從うべきであるから畦畔につき対價が脱落されて居るものといひ得ない。(三)自農法第四十三條に依り農地買收対價につき交付し得ると定められた農地証券は通貨のような強制通用力がないから証券自体の價値が下落したからとて券面額を増加すべき理由がない。又農地各筆毎に金四千円に満つるまで現金を以て支拂ひ其の余を証券拂とするか或は数筆を合して千円以下端金を四千円に満つるまで現金で支拂ひ其の余を証券拂とするか否かは政府の自由裁量に委ねられて居るから訴を以て変更を請求し得ない。以上の理由により原告の本訴請求は失当であると陳述した。

四、理  由

訴外斑鳩町法隆寺地区農地委員会が買收時期を各昭和二十二年十月二日と定め原告所有の(イ)別紙目録第一号記載田畑十筆反別合計二反五畝十六歩(内田三反一畝一歩、畑四畝一歩但内外畦畔を除く)につき対價合計金千九百七十四円四十八銭(ロ)同目録第二号記載田六十一筆反別合計三町三反九畝二十一歩(但し内外畦畔を除く)につき対價合計金三万七千百三十八円四十銭と計上して各買收計画を定め訴外奈良縣農地委員会の承認を経て訴外奈良縣知事が各買收令書を発行し昭和二十三年三月中原告に交付せられ原告が自農法第十四條但書の期間内に本訴を提起したことは当事者間に爭ない。そして又右各対價の金額がいづれも自農法第六條第三項本文に依り田各筆につき土地台帳法による当該賃貸價格に四十、畑各筆につき同賃貸價格に四十八の倍率を乘じた額を計上したことは当事者間に爭ないところ(尤も原告が昭和二十五年一月十七日口頭弁論期日において本件田畑の買收計画に定める地目並賃貸價格が土地台帳面のそれと異る旨陳述し從前の陳述を変更したが原告に右主張事実を立証する意図が窺はれないから右自白の取消は効力を生ずるに由がない)原告は本件農地の経済取引價格即ち時價が反当三万円であることが顕著であるから憲法第二十九條第三項の規定する正当補償として右時價を自農法第六條第三項但書の特別の事情による價格と認定して本件農地の対價を増額すべきであると主張するから先ず同項本文所定の前記倍率額が憲法第二十九條第三項の正当な補償であるか否かを考察する。全国小作地所有権の大半を地主より耕作農民に移讓することを目的とする自農法所定の自作農創設事業は土地私有財産制度の変革であつて国、公共団体其の他公益企業者が具体的特定の公益事業の爲に私有財産を收用する公用徴收の場合を予定する憲法第二十九條第三項に依拠して是認し得られるか否か疑なしとしない。しかしながら我国がポツダム宣言を受諾し平和と正義の新秩序を樹立すべき義務を負担し在來の農地制度の封建的弊害を打破し民主主義新憲法の制定に適合するよう土地制度を民主化する爲に連合国最高司令官の昭和二十年十二月八日附覚書に基いて第二次農地改革立法として自農法が制定せられ全国二百六十万町歩の小作地八割を二年間に耕作者に開放することが国民の前記義務を誠実に履行する所以であることは公知の事実である。過去において自作農創設が食糧増産を目的とする農業経済政策として採用せられて來たことの顕著な事実からして食糧の不足する我国が農業生産力を維持発展する爲に自作農創設が必要であることが是認される以上前記政治的社会的意義の外に社会的公共の福祉に合致するものとして自作農創設の爲にする農地買收を廣義に解して憲法に所謂公共の爲に用ひる場合に該当するものと認むべきである。原告も亦農地買收が公用徴收であることを前提として正当補償を請求するのであるが其の正当な補償が果して新旧両憲法共に其の意味を同じくするであろうか。新憲法第二十九條第二項に財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定めると規定せられるのは民主主義新憲法の精神より必然に導かれ得る原則であり過去において人権の宣言と共に確立された契約の自由及私有財産権の自然的絶対性の原則は人権の尊重を基測とする社会公共的福祉の前に法的修正を受けることとなつたことを宣明するもので新憲法が旧憲法と区別される重大な特色の一といはねばならない。前記農地制度の民主的改革が小作地開放のみによつて克く其の目的を達成し得ないことは農耕人口に比し耕地の狹少な我国の実情に鑑み明白であつて第一次第二次改革として農地調整法改正立法が爲されたゝめ農地所有権の内容が耕作者の耕作権確立の見地から各種の制限を加えられ所有権の絶対性に重大な変革をもたらせたのであるがこれは固より自作農創設事業を遂行する爲の政策的立法でなく自農法と相表裏して農村民主化促進の爲己むを得ない実体的規定であり單なる行政上の公用制限とは其の性質を異にすることはたやすく肯定し得られるから右改正法律が憲法第二十九條第二項に依り其の効力を是認されること疑を容れない。してみれば自農法による農地の強制買收において土地所有者に対し政府か憲法第二十九條第三項に依り與うべき正当な補償は同條第一項の絶対的所有権を仮定しての経済的財産價値でなく同條第二項に基く法律上の制限を加えられた客観的財産價値の給付たることを要し且これを以て足りるものと解する。從つて農地所有権が私有財産制度として憲法上保障されて居る以上一方的に強制買收される土地所有権者の主観的評價に從えば所謂完全補償でなく一部補償に過ぎないとするも右主観的價値部分をも損失として国庫若くは自作農の負担において所有者に補償を得しめることは社会公共的観念に副はないこと今次農地制度改革自体の前述性格に徴し疑ないから此の意味において一部補償も亦憲法の所謂正当な補償といはねばならない。農地調整法は第四條で農地処分を制限し第六條で潰地を制限し第九條で土地取上を制限し農地所有権の融通性を制限禁止した外小作料の金納並統制を第九條の二乃至九で規定し第六條の二で其の價格を統制した爲買收の客体たる小作地所有権は僅少な金納小作料を收納し得る権能と化し其の経済的價格は理論上右小作料を標準として算定される地主採算價格でなければならない。農地田の小作料が農地調整法第九條の三、同法施行令第十二條昭和二十一年一月二十六日農林省告示第十四号に依り玄米一石当金七十五円の換算率を定められたから中庸田反当実收高二石に対する適正小作料反当八斗を石当七十五円で換算した小作料は五十八円五十銭でありこれより公租公課金反当十三円七十四銭を控除した純地代四十四円七十六銭を年利三分二厘償還期限二十四年に依る年償還額百分の六、〇三三で除して得る金七百四十二円が昭和二十二年米穀年度における反当地主採算價格といひ得られる(以上は農林省が農地價格算定方法として採用したものであり大正十五年農林省令第十号自作農創設維持補助規則第六條の標準價格算定と略同一であることは顕著な事実である)。又一般農地田畑の統制價格が農地調整法第六條の二、前示農林省告示第十四号に依り自農法第六條第三項所定と各同一倍率額を採用せられ、田については昭和十五年以降昭和十九年迄五年間の平均反当実收高二石の中庸田を標準とし昭和二十年度米價で算定して其の供出及保有分の米價二百三十四円三十六銭(供出分一石一斗四升三合自家保有分八斗五升七合)に副收入十四円三十九銭を加えた反当收入二百四十八円七十五銭より反当生産費二百十二円三十七銭を差引いた純收益三十六円三十八銭より反当生産費の四分に当る八円五十銭を自作農利潤と見て差引き残額二十七円八十八銭を自作農の收得すべき資本利子として国債利廻三分六厘八毛で還元して自作反当收益價格七百五十七円六十銭を得られる。これを土地台帳法による中庸田反当標準賃貸價格十九円一銭で除して得る三九、八五を概算数四十に引直して四十の倍率額が定められ畑についても略右と同様であることは顕著な事実である。右反当自作收益價格七百五十七円六十銭が反当自主採算價格七百四十二円を上廻はるけれども昭和二十年十一月二十三日現在を標準として買收される小作地所有権の正当な損失補償としては田にあつては反当地主採算價格七百四十三円であり畑にあつては其の百分の五十九に当る金額を寧ろ正当とすべきである。從つて本件各農地につきこれを超える反当自作收益價格を移した自農法第六條第三項所定の本件各農地の土地台帳法に定める賃貸價格に田にあつては四十倍、畑にあつては四十八倍を乘じた額を計上したこと前示認定の通りであり、自農法第十三條に依り内田二町歩につき反当金二百二十円の報償金を加算されて居るものと推認し得られるから正当な補償として欠けるところがないものと認める。原告は本件農地の客観的取引價格即ち時價が右倍率額より遙かに高く反当三万円であることが顕著であるから右時價を正当な補償として増額さるべきであると主張し、インフレーシヨンと経済需給関係により諸物價殊に地代、地價の昂騰し比例的に農業收益の激増した経済的社会的事情の下において自由契約による賣買の場合と異り財産権の強制收用の場合物價並農業收益と均衡した取引價格を補償さるべきであると力説するのであるが果して小作地を小作地としての賣買に反当代金三万円の取引が行はれて居るか否かは暫く措き原告の主張はつまるところ農地所有権が自然的天賦的権利として今尚絶対性を有し居ることの前提を固執する議論であつて融通性を奪はれた耕作権を離れての農地所有権が金納小作料を收得し得る権能に過ぎない現在の法律制度が耕作人口の過剩と生産合理化による農地零細化傾向と共に永続性を肯定せざるを得ないことの顕著な事実を故ら正視しない主張というべきであつて農地調整法第六條の二が強行規定であることを絮説するまでもなく到底採用することを得ない。尤も本件買收時期に当る昭和二十一年度産米の價價が生産者價格並消費者價格共に大幅に引上げられ且反当実收高が逐年累増して居ることは顕著な事実であり其の結果耕作者の純收益が増加して居ることは奈良税務署嘱託調査の結果に依り窺知し得るけれども自作農の收益増加は前示反当自作收益價格の算定につき示した生産費の僅か四分に過ぎないとする自作農利潤の零細が是正されつつあることを換言すれば耕作者の労働に対する收益の増加を示すものであつて自作收益の増加は固より土地資本の増加を反映するけれども小作料統制額が引上げられない限り地主採算價格に影響を及ぼさないものと解するを妥当とする。原告は自農法第六條第三項本文は買收農地の対價を定めるにつき全国一様の標準價格を定め、普通事情にある農地は右標準價格の範囲において其の時價を対價と定め当該農地の時價が右標準額を超えるときは常に同項但書の特別事情ある場合として其の所定の手続を要することを規定するものであり換言すれば同項但書の特別の事情あるか否かは当該農地の時價の額が同項本文の倍率額を超えるか否かによつて定まるものであるから右特別の事情とは当該農地の具有する具体的事情は勿論当該農地の時價を生せしめる一般社会的経済的事情をも包含する。結局同項が農地の時價を対價に定めることを解釈上是認して居るのである一面同項本文は対價を法定するのではない市町村農地委員会が対價を決定するにつき職務上の訓示規定であると主張するから按ずるに自農法第六條第三項本文は当該買收農地につき土地台帳法に賃貸價價があるとき田にあつては当該賃貸價格に四十、畑にあつては当該賃貸價格に四十八を乘じた額の範囲においてこれを定めとあつて右各倍率額の範囲内において市町村農地委員会の裁量により個々の買收農地の対價を定めしめ同項但書に依り特別の事情に因る價格を設定する場合は当該農地の價格が右各倍率額を超える場合に限るものと解し得るようであるけれども斯様な文理解釈は正鵠を得たものでない。市町村農地委員会は同項但書に依る特別價格を設定しない限り必ず個々の農地につき一率に当該賃貸價格の同項所定の各倍率額を対價として定めることを要し若し其の專恣に右各倍率額より低い対價を定めるときは土地所有者は増額請求の訴を以て是正を求め得るものと解する。此の意味において同項は農地所有者の権利関係を規定する公法上の実体規定であり市町村農地委員会は対價を定めるにつき必ず依拠することを要する規定であるから同項は買收農地の対價を法定するものと解するを妥当とする。けだし農家各層の利益代表にて組織する市町村農地委員会をして個々の農地を一筆毎に調査し其の品位並情況を勘案して具体的対價を決定させることの徒らに煩に失し公正を期し難いのに此し一率に当該農地の賃貸價格の一定倍率額に依らしめることの簡捷且公正に如がないばかりでなく斯く解することによつて自農法施行令第九條末段の時價とは右倍率額を超える農地調整法第六條の二第一項但書第三項第六條の三第一項による例外價格及右倍率額以下の取引價格を指称するものと自から解釈し得られ同法第六條の二の價格統制との間に矛盾を生じないからである。してみれば自農法第六條第三項但書に依り特別の事情に因る價格を設定する場合は其の特別價格が同項本文の倍率額以下の場合は勿論該倍率額を超えるときでも右倍率額を対價と定めることが他の農地と比較し甚しく公正を欠く例外の場合に限られ從つて例外たる特別事情は当該農地の具有する具体的事情たることを要し原告主張のような一般的社会上経済上の事情はこれに該当しないものと解すべきこと勿論であつて苟も右倍率額に依ることを不相当とする特別の事情ある場合仮りに同項但書に依り都道府縣知事の認可を受けなかつたとしても右認可は対價決定の適正と公平を所期する爲の行政行爲であつて該行爲が行政廳の自由裁量処分であるか或はき束的裁量処分であるか否かを論ずるまでもなく自農法第十四條による増額請求訴訟においては裁判所は右認可処分の有無適否に拘束されることなく特別の事情による対價を判定し得るものとすべきところ本件(イ)(ロ)各農地につき自農法第六條第三項但書の特別事情として原告が主張する其の主張の具体的各事情の存在については原告においてこれを認むべき何等の証拠をも提出しないから原告の前記主張も亦採用し難い。次に原告は本件各田畑の実測面積は土地台帳に登載されて居る地積より一割廣いことが公知の事実であるから此の各増歩の地積に付土地賃貸價格欠如し対價を欠く不当があるから各増歩地積の対價に相当する反当三万円の増額を求める旨主張するから按するに土地台帳登載の地積は地租課税標準である賃貸價格の算定基準である爲地租條例施行当時より政府の調査事項であるけれども納税義務者においては常に正確な地積修正に協力すべき義務あることは土地台帳法第四十五條の趣旨に照し疑ないから公簿面の地積は当該農地の実測面積と合致するものと推定さるべきである。本件買收農地に増歩あることは公知の事実でないから原告において立証すべきところ、これを認むべき何等の証拠がない。しかも自農法第十條に都道府縣知事が買收令書に記載すべき面積は土地台帳に登録した当該農地の地積によると規定せられ本件各買收令書に登載された面積がいづれも土地台帳に登録されて居る地積によつたことは本件当事者間に爭がない。(原告が昭和二十五年一月十七日口頭弁論期日において買收計画所定の農地面積が土地台帳面の地積と一致することを否認する旨陳述したこと記録上明かであるが此の点の從前の自白が錯誤に出でたものであることを立証しようとする意思が弁論の全趣旨に徴し窺ひ得ないから自白の取消としての効力を認め得ない)から仮りに本件各農地が原告主張の通りいづれも一割の増歩を有すると仮定しても此の程度の誤差は公簿面の地積を以て買收農地の面積とすることを著しく不当と認むべき場合に該当しないから原告は対價不服の訴においても土地台帳法上隠れた右程度の増歩を裁判上主張しこれに対する対價の増額を請求し得ないものと解するを相当と認める。次に原告は本件農地各筆が内外畦畔を包有して居るところ其の各賃貸價格は畦畔を除外して居るから内外畦畔計三百坪につき坪百円当の対價を増額すべき旨主張し本件各農地につき内外畦畔を包有して居ることは当事者間に爭ないけれども土地の賃貸價格は該土地を賃貸した場合貸主の收得すべき一年分の收益より割出されること、土地台帳法第九條の規定するところであつて内外畦畔は農地にあつては耕地の從たる土地でありこれに接着して田にあつては豆類栽培されて居ることは公知の事実であるがこの爲に主たる農作物も自然減少し結局耕地区劃必要の内外畦畔は耕地の從として所得を生じない土地であること及通常農地の取引上畦畔の対價を定めないことがいづれも顕著な事実であるから本件各農地が農耕地として買收される以上農地に從たる畦畔は主たる耕地の対價に包攝せられこれに対し特に対價を請求し得ないものと解するから右主張も亦失当である。更に原告は本件農地各筆の対價支拂として買收令書に定められた農地証券の交付價格は時價を参酌しなければならないところ農地証券の本件買收時期における時價は額面百円につき五十円であるから交付價格を倍額に増額すべき旨主張し自農法第四十三條に依り昭和二十二年三月十五日大藏農林省令第二号の規定に基いて利率年三分六厘五毛の農地証券交付價格が百円につき額面額百円で交付せられることは顕著な事実であり、農地証券の元金が二年据置後二十二年間年賦拂であるから自作農創設特別措置特別会計法の運用による臨時償還の場合を除いて証券業者えの担保價格等が額面額を下廻るであろうことは容易に推知し得られるけれども右利息付の交付價格が額面同一額である限り一應時價を参酌されたものと解すべく自農法第四十三條第三項は時價を参酌すると規定し時價に依ると規定して居ないから遺憾ながら昭和二十一年法律第四十四号自作農創設特別措置特別会計法及自農法第二十六條の運用上被買收者においてこれを受忍しなければならないものと解する。又原告は数筆の対價を合算し千円未満の端金を現金拂とし其の余を農地証券拂と買收令書に定めたのは現金拂を本則とする自農法第四十三條に違背するから現金拂に更正する裁判を求めると主張するけれども原告の本訴が自農法第十四條に基き国を被告として農地買收対價の増額を求めるに在ることは其の主張自体により明かなるところ対價の額の更正を求めるのでなく対價の支拂方に関して爲された行政行爲については別に其の違法を原因として其の取消並変更の訴を提起するは格別法律に別段の規定しない限り積極的に行政行爲に代るべき裁判を求め得ないものと解するから右主張もそれ自身失当といはねばならない。果してそうだとすれば原告の本訴買收対價の増額は理由ないこと敍上説示するところにより明かである棄却すべきものとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 南新一 坂口公男 木本繁)

(目録省略)

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